シリーズ
『見つけよう、しまねのコト。』

冬の波が育む貴重な海苔

『出雲国風土記』にも記載された、
ここでしか採れない海苔

 島根半島の西部に位置する出雲市十六島(うっぷるい)町。海に断崖がそそり立つ、険しい地形のこの海岸で採れるのが、古代から名産として知られている十六島海苔です。『出雲国風土記』には「紫菜(のり)は楯縫(たてぬい)郡(十六島周辺の古名)がもっとも優れている」との記載があり、奈良・平安時代から朝廷に献納されていました。江戸時代に入ると精進料理や茶席で珍重されるようになり、松江藩主であった松平不昧は、十六島海苔を張り合わせた羽織を着て宴席に現れたという逸話も残っています。高い香りとつや、それに口溶けが特長で、あぶって食べたり、吸い物に入れたりします。正月の雑煮に欠かせない家も多いことでしょう。
 「海が荒れてくると、流されてきた海苔の胞子が岩に付着して育つ。口の中で溶ける、柔らかい海苔はここでしか採れないんですよ」長年にわたって十六島海苔を採ってきた樋野(ひの)峰夫さんはそう話します。
 海苔が育つ岩場は「海苔島」と呼ばれ、町内のおよそ20軒が代々受け継いできた島を持っています。12月から2月までの厳寒期に行われる、冷たいしぶきを浴びながらの摘み採りは、スパイク付きの長靴を履いていても波にさらわれる危険があり、緊張を強いられる作業です。

地元の人たちによって守られ続けてきた十六島海苔

 十六島の海苔島は、海苔が付着しやすく、また採りやすいよう、コンクリートで平らに整えてあります。普段は白い岩場が冬になると黒い海苔で覆われ、12月後半から1月にかけては、一晩で3〜5センチも育つことがあるといいます。摘み採りは天候が穏やかな日の午前中に行いますが、手前にぐっと引いて採る作業はコツと力が必要で、手が腫れることも少なくないそうです。海が荒れないと海苔が育たず、かといって荒天が続くと海苔が波で流されてしまうこともあり、シーズン中は天気予報から目が離せません。
 採った海苔は、作業場に運んですだれの上に延ばします。1枚のすだれに2人が向き合い、両手を使って均一に広げていきますが、海苔が固まってしまうとうまく延ばせなくなるので、時間との勝負です。広げた海苔は、窓を開けたり扇風機を回したりして、その日のうちに乾かします。
 樋野さんは、温暖化による潮位の上昇や後継者を心配しつつも、「嬉しいことに、退職してから海苔を継ぐ人が増えているんですよ。この海苔がずっと続いて欲しいですね」と笑顔で語ります。日本海の冬の波が育む貴重な十六島海苔は、この地に暮らす人たちの熱意と努力によって守られ続けています。