この美味しいには、
理由がある!
脂ののったさばを串に刺して丸ごと一匹
じっくり炙るだけの素朴な料理ですが、
いやはやこれが実に美味しい!
コゲの具合も食指をそそる「雲南市の焼きさば」
愛され続ける人気の秘密とは‥
陰陽をつなぐ街道が通り、斐伊川の水運、鉄道などで様々な人々の行き交う雲南市は、山間部からの農産物や森林資源、商都出雲からは様々な物資がもたらされ、古くからにぎわいがありました。そこで生まれたのが雲南市民のソウルフードといわれる「焼きさば」です。市内の木次地区・三刀屋地区では魚屋や食事処、仕出し店、産直市場など「焼きさば」を提供する店が多く、地元スーパーでも欠かすことのない定番商品として時代を越えて愛されるご当地名物となっています。そのまま醤油をかけて食べるのが一般的ですが、こちらではちらし寿司やいなり寿司、茶漬けやパスタの具材、さらには焼きさばカレーなど、食べ方のバリエーションの多さも「焼きさば」が雲南市のソウルフードといわれる理由のひとつなのかもしれません。
木次駅前から南に続く商店街の一隅に「焼きさば」ののぼりを立てた魚店があります。四代目店主の石田秀樹さんによると、昭和23年に初代が店を構える以前は魚の行商を営んでおり、焼いたさばやアジを木次線で出雲三成駅まで運び商売をしていたとのこと。冷蔵技術もなく運搬も人の手に頼らざるをえなかった時代、鮮魚の行き着く限界の地がここ木次で、これより遠方は塩干物しか届かなかったといいます。絶品といわれる島根沖のさばのおいしさを味わってもらう手はないか。だったら焼いて運べばいい!と考え出されたのが「焼きさば」。「いつごろ、どこで、誰が?」という出自については不詳という謎のベールに包まれるところもまた興味をそそられます。
店主の石田秀樹さん。28歳のときに家業に入り、約30年に渡り「焼きさば」づくりに励んできました。今後はSNSなどを活用してこの美味しさを全国へ発信し、名実ともに雲南市の名物と呼ばれるようにしたいといいます。
おいしいものは
プロセスも美しい。
串の刺し方、炙りの加減。
これぞ本場の職人技。
さて、よく目にする「焼きさば」ですが、作っているところをじっくり見たことがありません。お願いすると五代目となる息子さんが慣れた手つきの仕事を見せてくれました。新鮮なさばを背開きにして、ワタと血合いをていねいに取り除き竹串を頭(目玉のところ)から差し入れ、片身をずらしてひねり、まるで魚体が跳ねているかのような形に串を通します。どれも寸分違わぬ同じ形に仕上がるのは流石です。
そしてここからは奥さんの仕事で、焼き台の網の上にのせてじっくりと焼き上げます。「強火の近火」で火を通すのは、さばの旨みを閉じ込め、ふっくらとさせるため。片身を11分、いい感じの焼き色がついたらひっくり返してさらに5分。焼き台の上のさばはジュッとはじけるような音を立てて、たっぷりとした脂を躍らせます。火に近いところにはおいしそうなコゲもできました。なんともいえない香ばしい匂いが周囲を包み込んで、まさに口福の一本のできあがり。この匂いに誘われて思わず買いに来る人も多いようです。
三刀屋の国道沿いで焼きさば専門店を営む藤原啓嗣さんは近年になって意識することがあるといいます。それは海や気候など環境の変化です。「十数年前にノルウェー産のさばが獲れなくなった時期がありました。生態系の変化は自然の悲鳴です。それ以来、さばをより大事にするようになりました。かつては日本近海でもたくさん獲れすぎて雑に扱われた頃もありましたが今は違います。SDGsを意識し無駄に捨てない、使い切る。感謝し、そして愛しむ。なにしろ私はさばに食わしてもらっているので‥」と思いを語ります。
「焼きさば」をめぐって、かつての行商の話、当時のにぎわいから地球環境問題まで話題は広がりました。秋は脂がのってさばがぐんと美味しくなるシーズン。みなさんも今夜あたり「焼きさば」を楽しんでみませんか。
■取材協力
雲南市商工振興課地域産業支援グループ
有限会社石田魚店・焼きさば専門店藤原魚店